今までで一番長い期間、髪の毛を揃える程度にしか切らず伸ばし続けている。来月で2年となるが、前回の十数年前なら1年半程度で今よりも長さは長かったという実感が残る。加齢による発毛速度の変化ということもあるのだろうが、それだけには思えない。というのも、あくまで実感ということなら、時間に比例して長いと感じるとは限らないという気がしているからだ。要は、1年半の時の方が2年目よりも長く感じるということはあると思ったのだ。
そういう実感を大きく左右するのは何だろう? と思って、まず見た目がすぐに続いた。続いて、重さや手触りが浮かんだ。いずれにしても、実感というからには、強引に思い込むといった状態ではない自然な状態で、「本人がそう感じれば、正しい正しくないではなく、それがその答なのだ」というものを指すと思う。こう思ってすぐ、多かれ少なかれ、全ては実感ではないか!?という突っ込みからは逃げきれない気になった。
数字的な根拠があれど、そこから結論に至るラストワンマイルなのかラストワンミリなのかは知らないが、途中に存在している隔たりを通過するには、この実感がものをいうはずだ。AIが結論を導こうが、それを人間が参照する際には実感が働くはずだ。ここまでとして、今回は落ちがないこと、あるいは既に落ちがあることを書き残しておこうと思う。
その舌の根が乾かない内に「かつて『時間よ止まれ』というヒット曲があった。それを言うなら、『実感よ止まれ』ではないか?!」と駄洒落が浮かんだ。でも、あながち間違っていないと思う。この歌が流れていたことはまるで記憶にないが、当時、とうに物心はついており、小学二年生から三年生へと向かう時間を過ごしていた。集団登下校というものがあった。その通学時の路上で、決まって見掛ける青年男性がいた。長い脚が印象深い、フェードアウトしたブルージーンズにブーツ姿だった。当時の方が近年よりも周囲に背の高い若者が多くいた実感がある。と、ようやくここで気付いた。「大きいことはいいことだ」ではないが、長い方を無条件で上位に置いている。短い方や小さい方を上位に置くぐらいのことをしても良い、長い時間を過ぎているというのに。
曖昧な海
熱海駅で車内の路線図を見て思った。静岡やおそらく長野は、今東京寄りにいるのか、愛知寄りにいるのかが体感上曖昧になり、それが心地良くもあると。
亡くなった友人と4年前に過ごした熱海を否応なく思い出しながら、その熱海も山側を中心にしていたのを可笑しく思いながら、楽しさにも悲しさにも寄っていたなと思った。生寄りなのか死寄りなのかと軽口に思える考えも浮かんだ。
3時間ばかり過ぎ、熱海駅に隣接している喫茶店でこれを書きながら、「東京にいて静岡寄りなのか茨城寄りなのかといった考えが浮かばないのもどうかしている」と、東京以外のことを東京で意識しているようでその実、そうでもないと思った。
こんなことを言い始めたら、この曖昧一つとっても、曖昧寄りであって、他の要素が曖昧には混在しているのにと思う。まるで、それは音楽のコードや響きのようでもある。人類がメジャーコードとマイナーコードの境目を曖昧にするようになってから、もう何年経つのだろう? あまり大して時間は経過していない気がする。
そうこうするうちに、寄るに対しても寄っているわけだと考えた。言葉にする意味もあれば、言葉だけじゃ足りないということに意味もあると思った。漂っているのなら間違いないように思える。熱海でなくても、山側にいても、曖昧な海に。そう、突き詰めようとも突き詰めなくとも、曖昧という状態の海には浮かんだままなのだと思う。
必要善
深夜でも煌々とした光を放っている電灯が、先日から気になっている。周囲の明るさに合わせて、輝度が変わっているわけではないだろうから、灯っている間はいつも一定の明るさのはずで、また、もう2年近く傍を通っていたはずだが、どういうわけか先日、深夜帯に通り掛かって、惹き付けられた。飛んで火にいる初夏の中高年という、なんだかカッコ悪い言葉が浮かぶが、そんなことより気になるのは、十分読書でさえ可能な明るさなのに、その周囲に立ち止まって、スマホを眺める人自体見掛けたためしがないということだ。
スマホはそれ自体にバックライトがあるから、そんな明かりの助けなど不要ということではないだろうが、理屈で考えたわけではなく、この電灯を意識し始めて最初の頃に浮かんだのは、「『電力が勿体ない』と浮かびそうなものなのに、私ははっきり楽しい気持ちになっている。せっかくの明かりが勿体ないから、本を持って街に出て、この電灯の下で読書しようというよりも、むしろ贅沢な体験として、この場所で読書したいという気持ちの方が強い」というものだった。
翻って、帰省時だったり、一人旅で都市ではない町を訪れた際には、目を瞑って歩くのに近いような暗い夜道を歩くことが、多くはないが決して少ないとはいえない。そんな時、恐怖でいっぱいかといえば、そういうわけでもない。これはこれで贅沢な体験だと感じる。要するに、明暗いずれも必要なのだという説明でも、別に間違いではないだろう。
今夜、白色の傍を通り過ぎながら、「この輝きは善を喚起するが、良いものばかりでなく、悪いものから何から集まっているからこその白色なのだろう」と思った。そうなると、前述の暗も然り。ここで、この集合状態に関して、多様性という言葉より必要悪という言葉の方がしっくりくると思った。でも、それなら必要善という言葉も用意しなければと思い直した。
地震地震地震親父
おかしなくらい、梅雨らしい梅雨が続いている。その前は、五月らしい五月だった。異常ならぬ通常気象。それの何が悪い?!と自分で自分に突っ込めば、確かにそうだと自答する。かつての当り前の気候に反応する自分もまた異常というわけか?
さりとて、異口同音に同じことを思っている人も少なくないとしたら、異常というのは通常と表裏一体でもあるなと思う。間違いないのは、異常気象に長年触れてきた身体的だが、久しぶりに再会する通常気象たるや圧倒的に過ごしやすいのに変わりはないということだ。身体で覚えるというのは、こういうことを指すのだろう。なかなか生得的でないことを、このレベルで身体的に覚えるというのは至難の業だろうが。
その一方で、連日、欧州の異常な暑さの報道が続いている。今夜、雨模様でないこともあり、月が覗く中を散歩しながら、「世界的に俯瞰で捉えたら、どこかに必ず異常気象が現在進行形で展開されているのだろうから、年中異常気象だといえる。それなのに、狭いこの地域での体感上の通常を、殊更に取り上げるのは滑稽でもある」と思った。でも、それだけで終わらず、「対岸から眺めての発言であることは否めないが、もし自身が今、異常な側にあったとしても、『遠くのどこかには通常があるのだから、いつか通常が必ずここにも取り戻せる』と考えることはできる」と思った。
気象と同じく、自然現象としては地震がある。特に今月は、頻繁に大きな地震が起こっている。規模を問わなければ、こうしている間にも、どこかで小規模な地震が起こっていてもおかしくない。前述の構図を当てはめれば、ずっと地震の世界にいることになる。こんなことを書きながら、父親の誕生日を迎えた。雷はともあれ火事はずっと御免こうむりたいものだ。雷は地震と同じく、避けられないものであるのが通常なのだろう。でも、存在感という点では、今は地震の方が圧倒的に大きい。それでも、父親が最後に付いてくる。
レジ袋
いったん帰宅してから立ち寄るというのも癪で、その実、商品が入ったレジ袋を提げたまま入店する恥ずかしさに躊躇しながら、結局帰宅する。そんなことが、これまで少なからずあった。記憶していないものを入れれば無数にあったといえるかもしれない。他店でのレジ袋を持って、堂々と入店する場面がもっと見受けられれば、社会的にはそうでない場合に比べて良い状態といえると考えたこともあった。
最近は、意を決する場合もあるにせよ、そういう気恥ずかしさが顔をのぞかせたら、むしろ積極的に入店するようにしている。もっとも、どういう店からどういう店へと至るのかで、だいぶ敷居は変わってくるが、多くの場合、分母と分子で分母は変わらないといった感じで、分母はスーパーマーケットである。その分子はいえば、比率の多い順から挙げると、喫茶店、別のスーパーマーケットやコンビニ、喫茶店以外の飲食店といった塩梅だ。いずれも、個人商店というより、チェーン店である。
他店帰りに他店のレジ袋を引っ提げて入店するということ自体を目的化すれば、もっと分子はもとより分母のバリエーションを増やすのは容易だろう。でも、そういう方法は取りたくない。言い訳を用意して実行しているのと同じで、俄然つまらないが目に見えているからだ。
こんなこととは別に気付いたことがある。それこそ、ここに書き残したいと思う。それは、認めたくないが、入りにくいという状態を見出すと、鬼の首を獲ったかの如く、「なんで入店しづらいんだ? おかしいじゃないか? 悪いことをしているわけでもないのに!」といった不満を吐き出したい気持ちを充満させているのではないか? ということだ。愚痴りたい気持ちがあり、その契機を見付けて、飛び付いているのではないか? ということだ。こういう気持ちをレジ袋に入れるということが浮かび、この文章を結びそうになったが、そんなことができるとして、何故そうしたいのか? 自省のために、その気持ちを後で眺めるための一時保存というわけか? あるいは、自身への罰則として、商品には罪がないが、その商品が不満の気持ちで汚染され、味や機能が低下するといった効果を与えようとしているからか? いずれも確かめようがない代わりに、いずれも正解ともいえるかと思った。間違いないのは、積極的にレジ袋を貰うことが多く、その理由として、なんだかもらうのが悪いような風潮を勝手ながら感じているからということがある。これも不満という点では前述のケースと同類だろう。
先日に続き今夜、閉店前のスーパーマーケットでモノクロパッケージのスナック菓子を見掛けた。結構売れているのが一瞥して分かった。すぐに話題性からだろうと思った。そして、印刷コストは下がるのかもしれないが、実際には全然省資源としての効力自体は高くないのだろうと想像した。そう思いながらも、矛盾するかのように購入した。帰宅してこれを書きながら、「退店時にレジ袋に手書きで何か書くようにすれば、パッケージのようなものとなるのではないか? これもまたマイバッグとなるのではないか? ここに不満等自分の気持ちを書くことも考えられる」と浮かんだ。中に入っているわけではないが、前述の気持ちがレジ袋の表面にわずかにせよ可視化できると思った。こうしたことは法律によって実施されるというより自然発生的に起こるべきことだと思った。一人ひとりが、自らをレジ袋やマイバックといった入れ物状態とすることが必要なのか? と思った。そうなるとまだ、その実現は道半ばのように思える。なぜなら、どこにも入店していないようでもある一方、当人次第では、あらゆる異なる環境という店舗間において、別の環境という店舗を持ち込み合うことができると思うからだ。
体・重・計・ス・ト・ー・リ・ー
体重計で体重を図る際、一度に2回以上計測することが多い。というのも、同じ数値にならないことをいつしか経験的に知ったからだ。そういう場合、大体、2回目は1㎏前後しており、多い方か少ない方か、いずれかを選択すれば良いといえるが、3回目の計測となる。
3回目に出た数値が、それまでの数値のいずれかの場合には、それを真値とするが、もしまだ異なる場合には4回目へと進む。以降はこの繰り返しとなる。幸いというべきか、これまで4回目以降というのはまずなかった。
時間にして多くても数分であるが、先日今日と、「体重計を図り続けて、一日を体重計の昇降で費やした場合、例えば20時間これを続けたとしたら、流石に20時間目あたりでは、2-3㎏数値が減っているのではないか?」と浮かんできた。体重計ストーリーというタイトルなら今浮かんだが、ストーリーの手前にも至っていないと思って、少し嫌な気持ちになった。
それよりも、先日今日のこれの発想時に浮かんだ、「たとえ二者間の数値が数㎏単位で異なるとしても、表示される数値同士はスムーズな切替で表示されるのではなく、最短でも昇降から再表示に要する数秒を経ることでの、アナログな断続感ある表示になる。それは否めない。」「でも、それって、最初からスムーズな表示の方を優位に置いてやしないか?」という自問自答というか自問自問だった。
かくかくした動き、またカラスを登場させるが、カラスをはじめ多くの鳥がそうであるのだろう、あの往年の、クオーツでないアナログ時計の秒針のような一旦停止後また再開といった動きを、もっと突き詰める進化もあるのではないか? と思った。そして、体重表示の周囲にある目に見えないものや目に見えるものを元にしたつながりを紡げないゆえに、もうすぐこの場を終えようとする、それこそストーリーに至らない思考回路に関してこそ、スムーズであろうとカクカクした動きであろうと、進めるべきなのにと思った。
煙るルーティーン
ルーティーンということか、一日の終わりになってようやく充実感を付与せねばといった夏休みの宿題的な面も時々あるはずだが、今夜もまた23時前になって散歩を始めた。二つの橋を通過する環状線のようなコースで、これがなかなか気に入っている。引っ越す間際になって、急速にこのコースを含め、自宅から近隣の土地を染みが広がるかのように好きになっているが、これもまた、夏休みの宿題ということか。好きな土地にいると自覚すると、この瞬間が夏休みのある、青春時代だと思えなくもない。これは、4年程度過ごした名古屋時代を振り返って如実に実感できることだった。言葉では口にするのが憚れようが、体感上であろうが、青春時代を過ごしていると実感できるのは、はっきり気持ちが良く、これぞ爽快というものだ。と、なんだか高齢者としての自らの発言を並べた感じもしてきた。良くも悪くも、あらゆる言葉や認識に、これまでの経験がくっついている。
今夜の散歩だが、一周回って歩数を見ると、まだ1万歩に達していなかった。とはいえ二周目に入るのも躊躇われたので、コースから外れて、コンビニのある大通りに向かって歩いた。いつもとコースを変えると、ギアが上がるように歩数が伸びるのもまた、経験がもたらしたモチベーションというわけか。
経験という言葉を繰り返したが、いつものコースから外れる前に、懐かしい、甘ったるい煙草の煙の傍を、少しだけ頭をくらっとさせながら、通り過ぎることがあった。見ると、橋の袂で、バツが悪そうに石像のようになりながら喫煙している中年男性がいた。私の頭の中には、しょうがないなと思う気持ちに降りかかる入道雲のように、父親の吐いた煙の記憶が蘇ってきた。もう何十年も経っているのに、その実際の煙を父親が吐いた煙に錯覚できそうだった。
もう一つ、経験といえば、最近も、この場所でよく挙げている鼻歌について考えながら、夜の散歩をすることが何度かあった。煙の残り香の中で、それを思い出した。この鼻歌こそまさしく、経験の直接的な賜物というべきで、私はこれまで、「なんで、風や雨や雷や川の流れや、生物でも良いということなら、鳥の声(カラスは除く。その理由は、私は彼らに関心を持っているせいか、無意識的に「カー」と発していることがあるからだ)を元にした鼻歌が現れないのか? 殆ど、既存の、発表されている何らかの楽曲の一部分に類似しているといえるものばかりだ」と、発想を自ら勝手に壁に封じ込めているような状況に嫌気を覚えていた。
でも今夜は、違う見方をしていた。そこには、この煙草の煙の影響があったと思った。「どんなに露骨に既存の楽曲に類似した鼻歌が浮かんだとしても、その楽曲にもまた、作者の中の、切っても切れない経験が含まれているはずだ。そうなると、事情は大分変わってこないか? 私は、人類の一部として、リレーの走者として、誰かの消せない経験をコピーペーストして保存する役目を担っているといえるのではないか? その誰かの経験もまた別の誰かの経験というわけだ。これが延々と家系図のように遡ることができるとしたら、その過程では自然の音も元になっていることだろう」と思ったのだ。こういうルーティーンは、時々なら許容できるものだろう。いつも許容できたらいいが、そのためには、先程の散歩の如く、時々別の文脈と接続しないといけないのだろうと考えた。もっとも、今夜のいつものコースから外れた途上では、再び、前述の甘い煙を嗅ぐことになった。瞬間移動したわけではなく、単に別のルートから来ただけのことだろうが、そこには同じ中年男性が低い石壁に腰を下ろして喫煙していた。