Kを発音したくなったり、ならなかったりする。

knowの中には今が、knightの中には夜が含まれています。そんなことより、私が好きな人はローマ字にした際Kで始まる人が多いんです(あるいは多いknです?)。そうそう、傘もKでした。" Kといえばカフカの「城」の主人公が・・・" と口にしがちだった多感な頃よりは私も大人になった、あるいは自由になったと思いたい一心で開設しています。同じことしか書けないなら同じことを増やそうと思います。

八幡浜の欠伸

 とある一家のご厚意で、先日から八幡浜の山上の家に滞在している。十数代続くと思しき、そのお家をはじめ、周囲の人々は皆が皆、昔は当たり前に周囲にあったなと思わされる、単なる優しさという言葉では追い付かない、されど朴訥という形容だと失礼極まりない、まるで生得的に備わっているかのような屈託のない正しさ、慈愛というべき雰囲気に満ちている。なるほど、これを自然という言葉で収斂できるなら、どんなに素晴らしいことだろうと思い浮かぶ。「もっとも、そうなると、こちらも同じようにならねばならないのだが」と突き付けられる。

 昨日、山上から徒歩で下山していると、十数分降りた辺りで、一家のご主人の車とばったり遭った。ご主人は、「なんで単車を使わんのよ? 歩いたらしんどいわい。明日、戻るんじゃろ? かま(わ)んけん、単車で行きい」と車に私を乗せ、私は単車により徒歩に対し1/3以上のショートカットで電車に乗ることができた。

 松山へと向かう特急列車の車内で、この時の光景を繰り返し思い出しながら、「私は何について書き残したいのだろう?」と考えた。どうしても、前述の、自然と形容したくなる、かつてそこらへんにあった雰囲気について考えねばならないと、自分を誤魔化せなくなったのだが、これが実に難しいと気付いたのだ。

 なんでもかんでも、昔や以前の時代にあり、今は無くなったり減少したものが正しいとは思わない。それでも、だからといって、この自然に近い雰囲気は素通りできない。はっきり、尊いものだと思う。そして、「昔や以前の時代というが、本当にそうか? 30年前も50年前も、もっと前も現代だとしたら全然変わってくるのではないか?」とも思う。また、時代の趨勢を占めているような雰囲気や考え方等思惟、さらには行動に大きな変化が生じる時に、過去が生じるのかもしれないとも思う。いずれも、ありきたりな考えだ。

 そんなことを考えている間にも電車は進む。その進行に縋るように、間違いないのはたとえ先延ばしを含んでいてもこの生活、あるいは生命という時間を続けていきたい、時代の見過ごせない動きの変化を線路や路線に喩えられるなら、その轍を記録したいという言葉が浮かんだ。これは別に誰かが既に言っていることであっても良いだろう。欠伸と同じで、それぞれの欠伸があるではないか。言い訳のようにそう思った。頭の中で、欠伸のような優しさという言葉を、一家の表情に投げ掛けてみた。

 ここで、昨日、この場所に書き残した「柿と鹿の角」を再び思い浮かべた。魚と猫も思い浮かべた。十年以上前、動く猫の姿が魚に見え、瞬間的に、「猫は昔、魚だったことがあったのだ!」と理解したことがあった。これは、生物の進化として、間違っているどころか、とっくに言い尽くされてきた説だろう。時間だったり、時間以外もあるのだろうが、ともかく変化を可能にするものが変化を許容し変化が起こるとして、それは変化が続いているということだろう。変化が続いているから、類似も生まれるのだろう。魚が猫になり、正しいだろうという確信の度合いはぐんと下がるが、柿の枝が鹿の角になったり、あるいは、何らかのものが、一方は柿の枝になり、もう一方は鹿の角になるのだろうと想像した。

 続いて、「では、そういう変化が停止した状態、停止した地点はどういうものなのか?」と考えた。すぐに死や無という言葉が浮かんだが、それらを打ち消して、「否、そういう停止した状態も生きている状態であるといえるのではないか?」と、疑問形だが、そうであるに違いないという根拠のない確信が浮かんだ。

 続いて、高校生の頃、いわゆる覚えたての煙草を、夜中に井戸端で隠れて吸っていた時の光景が浮かんだ。私は特に理由もなく、火の点いた煙草を弧を描くようにぐるぐる回していた。ヨーヨーや駒を喚起したのだろう、私は「回転させれば、容易に円を描くことができる。人類は、比較的早く、円の存在を認識したのだろう」と想像していた。その当日かどうかはもはや思い出せないが、その頃、直線についても同じように想像していたと思う。紙や葉っぱを折り曲げれば、簡単に直線が表れることに意識が向かっていた。

 じっとしていられないのは何故か? 再び、意識は欠伸に向かう。欠伸は、動こうとする方向、停止しようとする方向、そのどちらにも無関係なようで、素敵に思えた。八幡浜の、この海も山も身近な環境でその実、前述した人の中の自然は、そのどちらにも無関係で存在しているという言葉が浮かんだ。すぐに否定しつつも、否定しきれないものがあった。

柿帝国

 先週、柿を取る機会に恵まれた。どういうわけか、あまり積極的に食べてこなかった柿は、私にはミステリアスなままの果物の一つだ。そうした食生活は無関係に、柿を取るのは存外新鮮で面白かった。

 その面白さの理由について書く代わりに、今回記録したくなったのは、その形状だ。柿を取ると、実が木とつながっている先が現れる。その形状が鹿の角に見えた。そして、自然界にある、こうした異なる生物間の類似した形状に、「自然というのも、時に、形式化を図って、作業を簡略化するのだな(笑)」と一人ほくそえんで、すぐに、取ってつけたように、「いやいや、共通するものがあるのは、必然で、重要な意味があるのだ」とフォローしていた。

 すぐに気付き、逡巡することなら、他にもあった。「色自体、生命間に限らず、あらゆる異なる事物に類似を見出すことができる類だが、これも簡略化か? 単なる自然現象ではないか? 自然現象自体に重要な意味があると言えば重要なのだろうが、いずれにしても、もっともらしいことしか言っていないのではないか?」と。

 何が言いたいのか? と数分手が止まり、考え直すことになった。考え直した。「もっともらしいことを口にしたり書き残したりする人間の私に対して、自然が圧倒的なのは変わらない。何故なら、たとえ万一簡略化だとしても、実際に「『柿の実の付け根≒鹿の角』という形状を具体化しているのだから」と思ったのだ。

 しかし、とも思う。自然という主語はあまりに曖昧で大き過ぎないか? と。簡略化しているのは私自身でもあると気付いた。細分化がいいとは言わないが、この場所で考えながら書き残そうとする場合には、いい場合が多い気がする。あるいは、細分化するために簡略化する、その逆も然りと言うのなら、許容できると思った。

 再び、しかしと続けてみる。しかし、似たり、違ったり、簡略化したり、細分化したり、要するに、続けようとするのは何故だろう? と思うのだ。この問いに続けて、どこに到着したいのか? という問いも容易に浮かぶが、これらもまた簡略化した類だろうか?

 あるいは細分化した類か? どちらでもあると思いたいと浮かんだ。それは、安易だろうが、柿の木を喚起した。柿を取る行為も柿の木につながっていると思い、柿はあらゆる場所とつながっているなら、実を作っている最中なのが世界なのだと思うことにした。枯れるとしても、それも実の一つの表情なのだと。なんだか切なくも愉快な気持ちになり、駄洒落だろうがこのタイトルとした。

ヒ・カー・ク

 比較というのは、どちらかというと、悪い類寄りに語られることが少なくない。一方、この場所を更新しない間も、何かもやもやとした感情や感想めいたものをまとめようと、事象同士を比較しながら考えていることもまた少なくない。それならいっそ、比較し続けて長い文章を書き残すのは意味がありそうだと思い浮かんだ。そして、頭の中にカラスを登場させながら、すぐに、これはなかなか困難な類だと想像していた。
 カラスは安直だろうが黒を喚起する。黒は闇や夜と容易に結び付くが、カラスの黒は、そのユーモラスでどこか可愛げでひたむきな動きも相まってか、ピュアやイノセントという意味で、白もまた喚起する。少なくとも私の場合はそうだ。もっとも、カラスは太陽の鳥と呼ばれていると何かで読んだ通り、白=光のイメージはとっくに既成のものといえるだろう。ともあれ、黒と白という比較がここで使用済となった。
 「それでは、ここからの比較は?」とすぐに壁にぶち当たった。これは挑む価値があると思いながら。少し悩んで、「そうした色に向かう、つまりカラスに関して、『自覚できる意識:自覚できていない意識』」と大風呂敷のような比較が思い浮かんだ。自覚できていないものをどうして明文化できる? と思いつつ、これはこれで、是非考えてみたい問いだと思いながら、その解答内容とは無関係に、この次の比較は? という問いが現れ、これはさらに難問だと想像した。
 ここで考えるのを停止し、数日が経過した。昨日、日曜日の夕方の電車の中で考え始め、「カラスと私のいる世界:この両者がいない世界」という解答を捻り出しながら嫌になった。「〇〇:〇〇でない」という構図が嫌なのだ。「〇〇でない」という形で、対照的な対象を見出すのは安易過ぎると思うのだ。この方法なら、何だって対照的なものを用意したように見せかけることができる。それなら、「空:大地」といった構図の方が余程清々しい。
 比較する場合、考えてみれば、体言同士であるのをさも前提としているように思えて、それもまた嫌になる。用言であったり、何なら二者間でない三者間か、それ以上の比較をもっと考えるべきだという気持ちにもなる。その用言の場合であっても、「〇〇でない」の触手は到達できてしまうのだが。
 「何が言いたいのか?」―もっともらしく見せたいかのような、多用できる問いが浮かぶ。これもまた、「〇〇でない」同様に、多用できるものだ。もちろん、これは書き残さず、頭の中に常駐させておくのは何も悪いことではあるまい。それは間違いない。この再認識のおかげか、「〇〇でない」を「〇〇でない。では何なのか?」という疑問形に変えて、必ずしも文章に残すわけではなく文章のための材料だか肥料として扱うのなら、存在としては、好感とまでは言わなくても嫌には思わない、対照的なものに変わると気付いた。「自問自答の大切さ」という、とっくに言い尽くされてきた既存の言葉なのだが、自分の言葉として発見したことにしたいと思いながら。
 「何が言いたいのか?」への回答に移ろう。まず浮かぶのは、文章を終わらないものにしたい、続けたいという気持ちがあるということだ。それは、文字量として終わらないということではない。もちろん、あまりに短文ということは考えにくいので、何文字とは言い難いが、長文であるのが自然な姿だろうという気持ちがそこには伴う。いずれにしても有限な中で、それ以上の継続性を感じさせるものを求めているのは間違いない。だから、むしろ、長文であることを目的として、そのために書きやすいパターンや条件を設けてまで書き進めるというのは、はっきり嫌に思う行為だ。よく考えた上で、分からない部分を残しつつ、分からないことは何かをなるべく明文化している、後で読み返す時に分からないことが増減するが総量としては依然分からないことが残っている、そんな文章を書きたいと説明できる気がする。
 ここで再度、日を跨ぐ中断を挟んだ。こう書きながら、中断していない時があるだろうか? とも思う。中断は、夢中で書き進めている最中にも当てはまると思う。一方で、それとは対照的に、中断とは無関係に継続している状態も、書くという行為にはあるのだろうと想像する。なるほど、この一連の考えもまた、比較だなと思う。
 さて、私には、「何を書いたか?」が直接的に思い出しにくくなっているという意味で、日を跨ぐ場合等物理的に時間が開く場合には特に顕著だが、続きを書くためには、それまでの文章を読み返すのは、ごく自然な流れであり、それをしないのはむしろ怠惰にさえ映る。読み返す場合、読み返し以降に表出する文章は、それまでの文章に対する、より直接的な比較となっているとも言い換えられる。より直接的としたのは、いずれの文章も、あるいは一文中の品詞間も、比較によって成り立っていると言えないこともないと思うからだ。
 比較的、比較という言葉を使った文章となった。「日が暮れる」の代わりに「比較的」と言ってみるのも良いなと、駄洒落により思い浮かんだ。そうすれば、日は暮れるが明日に続いている感を覚えることができるからだ。カラスと一緒に帰る夕方が、カラスの声で起きる朝につながっていると思えるのは悪いことではない。

ありそうでないこと

 ありそうでないことの中には、今まで実施済みであるのが当然なのにそうでないことがある。先日、数カ月ぶりの愛知を訪れた。地下鉄の代わりに、目に留まったレンタルサイクルを利用した。レンタルサイクル自体は、これまでも何度も利用したことがある。今回、初めてハンドルの中央にある電源ボタンを押下した。自転車ごと、ひゅうっと人工的に飛び出る感覚を覚え、その後、運転が楽になるのが分かった。何ということはない、電動アシスト機能で、とっくの前からあるものだ。でも、それまでは、「皆、こんな重い、なかなか進まない自転車でよくあんなにスピードを出すものだな」と思って、そのままにしていた。
 これはまだ無害で無邪気なものかもしれない。その後、夕方に初めて泊まる旅館を訪れた。深夜の玄関の施錠時間についての説明に続き、「22時半を過ぎて戻られますか?」に大丈夫だと答え、話を終えた。その舌の根も乾かない21時過ぎ、公共交通機関のない外出先から電話をし、「タクシーが捕まらないので22時半を超えるかもしれません」と口にする有様だった。宿主は「(こんなことになるのだから、あの時)夜間の出入り口の説明をしようと思ったのですが」と告げ、時間を30分延ばしてくれた。
結果的に、タクシーが奇跡的につかまり、時間内に戻ることはできた。しかしながら、私の、「遠慮したことで却って生じた面倒」という事実は変わらずに残っている。しかもこれは、日を置かず、立て続けに起こることになった。
 翌日、愛知から滞在地に戻ると、近くのコンビニ留めにしていた送付物を受け取りに行った。外国人のレジで受け取りのための端末手続きの最中、私の後ろに2名の客が続いた。瞬間的に、「あ、いいですから、先にどうぞ」とレジ前から離れながら、レジと後ろに向かって告げていた。確かに急ぎの様子ではあったが、不思議そうな顔で一人目の客が私をちらりと見た。
 体感にして数分後、再び、レジ前に戻ると、受け取りの手続きはスムーズに終わらないことになった。「見たことのない画面です」と、レジに呼ばれた別の店員が告げた。どうやら、私が中座し別の会計を挟んだため、処理中のデータがエラーとなったらしい。結果的に、送付物を受け取ることはできたが、気遣いのようでいてその実、これぞ卑屈というべき態度が招いた結果に、自分を情けなく感じた。
 卑屈と書いたが、寛容さからの逃走でもあると思う。差し出された手を握らないことの方が楽で、そちらに逃げてしまうというわけだ。最悪なことに、時には、差し出された手をひっぱたく場合もある。否、時にはどころか、構造としては、差し出された手を握らない時点で、ひっぱたいているのと同じだともいえる。
 ともかく、手を握れば両者に笑顔が生まれ、ハッピーな状態や展開へと続く可能性の方が極めて高いのに、それを拒むことで、「どうせろくな結果にならなかったのだ」と自らを納得させようとしつつ、恥ずかしいことに心の中にははっきり「握りたかったな」という気持ちを消し去れずにいる場合があるのだ。これは明文化しておかねばと思う。「どうせ」と「握りたい」という対照的な思いで、嫌な思いを自らが自らに与えているのだが、こういう対応をされた相手の方が余程嫌な思いをするというものだろう。「気にしない」という人でも、多少なりとも引っ掛かったという点で、それは嫌な状態であろう。
 近年稀にみる大雨が、私が離れた後の愛知を襲った。現地で会っていた初老の大先輩にお礼とともに手紙を書いたら、メールで返信をもらった。そのメールに私は、「周囲にいる人の多くを、受け身な姿勢に感じ、どこか見下していた。そうすることで上位に自分を置きたかったのだろう。本当の敵は自分だった。ここからスタートします」の旨、返信した。自分の手をひっぱたくのは、他人だけでなく、自分でもできることだったと気付く。しかし、忘却だけはしっかりと忘れないのは、この先も変わらないだろう。台風や大雨のように、過ぎ去ったようでも、繰り返し再来するものがあるように、記憶の再来方法を編み出すことをまだまだ考えたい。それはきっと面白いはずだ。その理由は、ありそうでないことや、なさそうであることを考えるからだ。

歌わない歌

 ふた月ほど前、お茶を生産する農家のAさんと知り合った。Aさんはおそらく70代で、年齢としては決して若いとはいえないのだが、これぞ現代ということか、とても若々しい印象と動きを放ってくる。それだからか、初老を含め高齢者に接すると発動してしまう自身の癖、「なんだか切なく悲しくなる」とは無縁なまま、会話を続けてきた。
 先週、Aさんと一緒に働く、Aさんより10歳程度は若い男性がAさんについて語り出した。その中で、Aさんのお祖母さんがいた頃は、Aさん一家が老若男女関係なく全員で農作業に繰り出していたことが挙がった。すると私は自動的に、音声で耳にしただけのこの「Aさんのお祖母さん」に反応していた。Aさんに多少でも似た顔が浮かぶ代わりに、どのような顔も全然浮かばないまま、前述の自身の癖がまた発動していた。
 この感情の変化は何によるものだろう? と自問し、「空気のように存在する私の知らない、無名の、一人ひとりは全く異なるはずの人々による同一の動き」という言葉が浮かんできた。そうした繰り返しには、圧倒的な申し訳なさを覚える。もっとも、最初は圧倒的な感謝と浮かんで、正確ではないと思い、申し訳なさに置き換えた。この申し訳なさは、感謝しているなら、それを対象に伝えるのが当然だが、そんなことが全く叶わない状態によって発生しているのは間違いない。「それだったら、自分の周囲にいる人達や今後出会う人達に、感謝を覚える人達がするであろう行為を、自らが施せば良いだろう? そういう前向きに考えるべきだろう? 申し訳なさというのは、そういう前向きな行為から逃避していることを誤魔化す言い草でしかないだろう?」と突っ込む声も聞こえてきた。
 こうした感情の類もまた、「無名の、一人ひとりは全く異なるはずの人々による同一の動き」に収斂されるのだろうか? 同一の動きということであれば、否定できない。そして、同一とだけすれば、否定できることに気付く。外部環境と共に眺めれば、この自分というのはオリジナル、唯一の存在でしかないし、その上でいうならば、この感情の類もまたオリジナルだと思うからだ。
 大げさでなく、人類という単位で眺めようという気持ちになっている。人類全体でみれば、農作業の時の、例えば田植え歌のように、同一の動きと共に、同一の歌を歌っているのかもしれないと想像した。そして、この同一の歌というのもまた、同じメロディーを志向しているかもしれないが、個々の歌声は、そのメロディーに完全一致はしていないという点で、同一ではなく、あくまで同一の動きの類だと思った。
 同じようだが、二度と会うことはないことへの悲しさ。それも、自身の癖が発動する要因なのだろう。農作業一つとっても、同じ動きが繰り返されているようで、その過程で技術や農法の変化があり、生活習慣の変化があり、気持ちの変化があり、そして、かつてあった同一の動きが消えていく。それは、失われていくとも言い換えられる。切なさを覚えるのは至極当然かもしれない。覚えておこうという気持ちも、失われていくものだろう。それでも、覚えておこうと思う。歌わない歌にも、覚えている類があるのだから。

ちいかわ

  劇場にて「ちいかわ」を鑑賞した。アニメーションという括りで捉えれば、十数年ぶりか、幼児の観客の多さに囲まれるということなら、ゆうに数十年ぶりだろう。台風が接近中という今日の天気と同じくらいにはどんよりとした気持ちで劇場を後にしながら、浮かんできた幾つかの考えを記録せねばと思い書き始めた。
 鑑賞前に比べ、まず悲しい気持ちがあるのが確認できた。それは、作品の出来栄えに対してというより、「ここまで描かねばならなくなったのか。できれば、こんな文脈には触れずに済ませられたら良いに越したことはないのに」というものだ。退館の最中、「島二郎が一番かっこよかった」という黄色い声に続いて、親が子供に話しかけている「誰が一番悪いと思う?」が聞こえてきた。「そうだよな、誰にも言い分があるといえるし、復讐は連鎖するということもいえるし」と頭の中で一人、回答していた。実にスタンダードで、悪く言えば、ありきたりな問答だともいえる。それでも、定点観測は前述の通り全くできていないものの、幼児も主対象とした映画でこのような曖昧さを盛り込んだ作品が登場したことは、これまであまりないような気がした。これが、悲しみの一因というわけだ。
 また、「寓話は嫌いだ」と数年前に書きかけたことがあったのだが、その感情を少し思い出した。今となっては、その周囲にある自分なりの考察はまるで思い出せない。恣意的なのが作品というものなのに、それを寓話という扱いに収まるように、矮小化しているとでも思ったのは間違いないと思う。それなら、寓話という枠を意図しようが、そこからはみ出すはずなのだから、寓話であろうがなかろうが関係ないという気も今はする。
 脱線したかもしれない。言い換えれば、はみ出したということかもしれない。何が言いたいかというと、「どのようにはみ出すか?」ということを、気付けば、もうここ十数年意識して考えては結論に全然至らず止めるを繰り返してきたという事実だ。間違いなく、はみ出し方を、重要視するようになった。これもまた、悲しいことかもしれない。
 それでも、究極的な、あるいは「それを言っちゃあ元も子もない」的な物言いをするなら、「本人が意図せずそう思うようになった」ということは、非常に強力なものがあると自認する。その強さときたら、見方によれば、台風どころではない。「いつか、自らが納得できるはみ出し方ができるよう、はみ出すことを殊更意図しないという意味で遠心的に頑張るのだ。頑張るしかない。あるいは、生きていればそのように頑張ることができるはずだ」という思いが浮かんだ。悲しみからはみ出すということを全員が実行できる日は来るのか? そういう状態は、自然や地球や、あるいは神が、困る状態なのか? そうとは思えない。誰が一番悪いか?よりも、誰が一番幸せか?を考える方が悪い状態な気がしてくる。「皆、幸せでいいではないか!」思う。この場合、本当に皆が皆ということが絶対条件のはずだ。

ジョン

 多幸感ではなく、実際に幸せだった時代。それは、見方次第では大抵の時代が当てはまるのだろうが、私にとって1979年から1982年頃はとりわけ、そのバランス(家族、友人、学校、地域等異なる属性との関係)の面で幸せの高みにあったと感じる。当時、多幸感に相当するものを感じていたか否かは不明で思い出せないが、現在振り返ると多幸感が現れるのが、恥ずかしく切なく嬉しく少し腹立たしくもある。
 借りてきたような言葉だが、ちょうどファミコン登場前の時代と重なる。中でも1982年を思い出す時、ニュースサイトのトップページのように浮かぶのが、近所の同級生の友人宅でバドミントンやドッジボールをしていた日中の光景だ。少しの砂埃とわざとらしくない青い空が心地良い。その家では、家具調のカラーテレビの画面を眺めてもいるし、屋内でも遊んでいたのは間違いないが、圧倒的に屋外の記憶に満ちている。
 広い庭の奥では友人のお母さんが洗濯物を干している。そこに友人のお父さんがグレーのサニーで帰ってくる。何を話していたかはまるで覚えていないが、車の中からと洗濯物の下からの大きめの声量での会話を聞いていた。
 友人宅の入り口の傍には、犬小屋があった。ジョンという犬が飼われていた。ジョンは犬小屋の下に自分が入れるくらいの穴を掘っており、その穴に入っていることもままあった。いつしか、私はジョンを模した殴り書きの犬の絵を描くようになった。全身ではなく、首から上だけのことが多かった。それから現在まで、落書きレベルだとしても、何気なく動物を描く場合、全身を描くことは少なかったが、これはどういうことだろうか?と思う。つまみ食い、あるいは、楽なことばかりに手を伸ばす態度が現れていると言っても、安直な説明だと言えれば良いが、残念ながらそうはならない。
 ようやく、と思う。自分が楽だったり楽しかったりする周囲には、そうでない人がいて、その人のおかげで、そうした快が生まれていることをようやく意識した、と。そうなると、楽しい記憶には、悲しい記憶の面も帯びてくる。逆も然りか? いずれは、そうであってほしいと思う。犬の表情は確かに悲しくても、全身で捉えた時、その一部に楽しい状態へとつながるはずのごくわずかな断片が感じ取れるのではないか? と思う。ジョンという犬の呼び名の推移は知らないが、ンの先に言葉を感じ取ることはできるはずだ。それは、ジョン・レノンやジョン万次郎だけではないはずだ。時代もまた、そうであってもおかしくないはずだ。