とある一家のご厚意で、先日から八幡浜の山上の家に滞在している。十数代続くと思しき、そのお家をはじめ、周囲の人々は皆が皆、昔は当たり前に周囲にあったなと思わされる、単なる優しさという言葉では追い付かない、されど朴訥という形容だと失礼極まりない、まるで生得的に備わっているかのような屈託のない正しさ、慈愛というべき雰囲気に満ちている。なるほど、これを自然という言葉で収斂できるなら、どんなに素晴らしいことだろうと思い浮かぶ。「もっとも、そうなると、こちらも同じようにならねばならないのだが」と突き付けられる。
昨日、山上から徒歩で下山していると、十数分降りた辺りで、一家のご主人の車とばったり遭った。ご主人は、「なんで単車を使わんのよ? 歩いたらしんどいわい。明日、戻るんじゃろ? かま(わ)んけん、単車で行きい」と車に私を乗せ、私は単車により徒歩に対し1/3以上のショートカットで電車に乗ることができた。
松山へと向かう特急列車の車内で、この時の光景を繰り返し思い出しながら、「私は何について書き残したいのだろう?」と考えた。どうしても、前述の、自然と形容したくなる、かつてそこらへんにあった雰囲気について考えねばならないと、自分を誤魔化せなくなったのだが、これが実に難しいと気付いたのだ。
なんでもかんでも、昔や以前の時代にあり、今は無くなったり減少したものが正しいとは思わない。それでも、だからといって、この自然に近い雰囲気は素通りできない。はっきり、尊いものだと思う。そして、「昔や以前の時代というが、本当にそうか? 30年前も50年前も、もっと前も現代だとしたら全然変わってくるのではないか?」とも思う。また、時代の趨勢を占めているような雰囲気や考え方等思惟、さらには行動に大きな変化が生じる時に、過去が生じるのかもしれないとも思う。いずれも、ありきたりな考えだ。
そんなことを考えている間にも電車は進む。その進行に縋るように、間違いないのはたとえ先延ばしを含んでいてもこの生活、あるいは生命という時間を続けていきたい、時代の見過ごせない動きの変化を線路や路線に喩えられるなら、その轍を記録したいという言葉が浮かんだ。これは別に誰かが既に言っていることであっても良いだろう。欠伸と同じで、それぞれの欠伸があるではないか。言い訳のようにそう思った。頭の中で、欠伸のような優しさという言葉を、一家の表情に投げ掛けてみた。
ここで、昨日、この場所に書き残した「柿と鹿の角」を再び思い浮かべた。魚と猫も思い浮かべた。十年以上前、動く猫の姿が魚に見え、瞬間的に、「猫は昔、魚だったことがあったのだ!」と理解したことがあった。これは、生物の進化として、間違っているどころか、とっくに言い尽くされてきた説だろう。時間だったり、時間以外もあるのだろうが、ともかく変化を可能にするものが変化を許容し変化が起こるとして、それは変化が続いているということだろう。変化が続いているから、類似も生まれるのだろう。魚が猫になり、正しいだろうという確信の度合いはぐんと下がるが、柿の枝が鹿の角になったり、あるいは、何らかのものが、一方は柿の枝になり、もう一方は鹿の角になるのだろうと想像した。
続いて、「では、そういう変化が停止した状態、停止した地点はどういうものなのか?」と考えた。すぐに死や無という言葉が浮かんだが、それらを打ち消して、「否、そういう停止した状態も生きている状態であるといえるのではないか?」と、疑問形だが、そうであるに違いないという根拠のない確信が浮かんだ。
続いて、高校生の頃、いわゆる覚えたての煙草を、夜中に井戸端で隠れて吸っていた時の光景が浮かんだ。私は特に理由もなく、火の点いた煙草を弧を描くようにぐるぐる回していた。ヨーヨーや駒を喚起したのだろう、私は「回転させれば、容易に円を描くことができる。人類は、比較的早く、円の存在を認識したのだろう」と想像していた。その当日かどうかはもはや思い出せないが、その頃、直線についても同じように想像していたと思う。紙や葉っぱを折り曲げれば、簡単に直線が表れることに意識が向かっていた。
じっとしていられないのは何故か? 再び、意識は欠伸に向かう。欠伸は、動こうとする方向、停止しようとする方向、そのどちらにも無関係なようで、素敵に思えた。八幡浜の、この海も山も身近な環境でその実、前述した人の中の自然は、そのどちらにも無関係で存在しているという言葉が浮かんだ。すぐに否定しつつも、否定しきれないものがあった。