Kを発音したくなったり、ならなかったりする。

knowの中には今が、knightの中には夜が含まれています。そんなことより、私が好きな人はローマ字にした際Kで始まる人が多いんです(あるいは多いknです?)。そうそう、傘もKでした。" Kといえばカフカの「城」の主人公が・・・" と口にしがちだった多感な頃よりは私も大人になった、あるいは自由になったと思いたい一心で開設しています。

「新海誠氏&川田十夢氏のトークショー」を聴講後湧き上がる、とあるバラバラ事件に関する考察への試み

 東京に住んで10数年、初めて中央大学に行ってきた。川田十夢氏と新海誠氏とのトークショーが開催されたからだ。もっとも、何年近くに住んでいようが中央大学に行くことがない人も多いだろう。それでも、先のような言い方をしたのは実は身近なことやものがなんと多いことかを思い知らされたからかもしれない。
 結論から言うと、爆笑に包まれながらも進行した本日のトークショーは、その前に上映された、私にとって初見であった新海氏の作品「言の葉の庭」を含め、考える為の契機や触発を与えてくれた空間という意味で「講義」そのものであった。私の後方から聞こえてきた「こんな講義だったらいいのに」という大学生の声も全くもって賛同出来るものだった。普段通り、20数年あまり変わらぬ格好で出向いたこともあり、身も心も学生気分になっていたから、よけいにその声を理解出来た。

 ここ数か月か潜在下を含めれば数年か、考えていたことの一つに「粉」「バラバラ」「混合」「接触」といったキーワードを含む祈りのような疑問がある。それは例えるなら、丸美屋ふりかけのように、異なる価値観や異なる属性や異なる集団が一つの袋に収まって、誰かがそれを外側から眺めた時に、ふりかけに対する美味しいにも通じる美しいや心地良いや素晴らしいといった感触を与えることは出来ないのだろうか?そんなことが実現出来るとしたらどうすれば良いのだろうか?というものだ。
 本日のトークショーもとい講義の模様は、有り難いことに後日、中央大学によってアーカイブとして公開されるようなので、ここでは、この祈りのような疑問を中心として、もう少し考えてみたい。

 最初に、こういうふりかけのような状態は実現出来ないのか?と挙げたことについて、実は補足がある。少し時間が遡るが、昨年の12月24日六本木ヒルズで体験した川田十夢氏率いるAR三兄弟の手による作品、拡張現実な空間「星にタッチパネル劇場」で、私は既にそれが実現出来ることを体感していた。当日のこともまた言語化すべきなまま時間が経っていたのだが、ここでは、本日のことになるべく留めたい。そのくらい、川田氏の関わる空間は、後で重さを残す軽く爽やかな風がずっと吹き付けているのだ。あー楽しかったでは終わらない。体験した自分が自分の考えを始めなければ、国債のようにどんどん自責の念が溜まっていくのに気付いていた。話は脱線したようで脱線していないのだが、さすがにもうそろそろということが本日の体験を本日書くということにも繋がっている。

 そのクリスマスイブの日について、一点象徴的な記憶(Orang Juiceの曲名を引用すれば「直感で分かった」というやつ)を紹介したい。その空間とは、相当はしょって説明すると六本木ヒルズの屋上の中に拡張現実によって星座を作り上げ、その星を展望台にいる人が操作出来るというものだった。時節並びに場所柄、恋人同士と思われる、要はカップルが相当数いた。私のように男性一人というケースは少なかっただろう。そんな中、すぐに感じたのは、肯定的な意味で、先に挙げたキーワードの「バラバラ」だった。カップルであろうがなかろうが、グループであろうがなかろうが、みんな個として自分以外を大切にしながら、程よく距離を保っている、そんな光景を見ていた。簡単に言うと、みんなで星座になっていたと思った。そして、一人一人が星なんだということを川田氏は自らの設計の中に織り込み済みなんだと思った。今、再び鮮やかに思い出しているが、本当に心地良かった。

 そして、本日。本日もまた、この「バラバラ」を感じることが出来た。認知のきっかけやパブリックイメージから本日の来場の動機というものは形成されているのだろうから、参加者には大学生が相当数を占めているというものの、それでも社会人から中学生、高校生、年齢で挙げれば、新海氏や川田氏よりも上の年齢層も含まれており、幅広い世代の老若男女が、一つの空間の中に主体的なバラバラさでもって存在していた。
 それは、冒頭に挙げたように、爆笑の連続の中で、それでも、笑わせてもらうという受け身ではなく、言葉に対して鋭い意識を傾けている人が多かったように感じる。川田氏と新海氏間同様、受講生としての我々も、両名も個同士として互いに向き合っていたのだと思う。熱気があるのに清々しかった。
 「一つの空間」といえば、まさに、参加者との質疑応答で「なぜ電車をよく描くのか?」について、新海氏による「電車が自分の生活の延長にあるから。みんな違う場所にいたのに一つの空間にいるというのが好き。都市の醍醐味ですらあると思う」の回答がまさに私の肯定的な「バラバラ」を許容してくれる言葉だと思えて、嬉しかった。

 さて、ここでもう一つまた浮かんでくる祈りに似た疑問がある。それは、この「バラバラ」を実現するのは、それを可能とする環境が当然あるわけで、その環境とは、人為的な割合が高いのではないかということだ。
 本日の講義は、両人の話し方の違いも対照的に思えて気になっていたのだが、その話し方もまた、まさにこのバラバラであった。そのバラバラな話し方が、我々のバラバラを生む心地良い環境になっていたと思った。
 川田氏は新海氏の「言の葉の庭」を「言葉数の少ない」「文学的な作品」と評していたが、その川田氏の物言いは新海氏よりも少なく、氏の生業同様、ナラティブでないというか拡張的で跳躍していて目まぐるしい楽しさを感じさせ、一方の新海氏はその評とは異なる、大変丁寧かつ内省的でナラティブな物言いだったのが面白かった。このバラバラさが互いを有機的にこの空間に存続させているのだと思った。
 少し例を挙げたい。川田氏は、意図的なのか、実に頻繁に「超~」とか「マジで」とか、どちらかというとアカデミックだったりオフィシャルな空間では聞かれない言葉を使っていた。そもそも登壇時からして新海氏のことを「パイセン」と呼んで会場を一瞬で拡張現実の中に引きこんでいたのだが、このくだけた言葉もまた拡張現実効果があったのだと気付く。折り目正しい言葉に比べて、どちらかというとまだ自由度の高い、つまりバラバラな解釈が行われていると思われる言葉達が、耳にする者に対して自分の言葉で考える場所へと現実を拡張したのだと思った。川田氏が一気にみんなの心を掴んでいるのが身体中で感じられた。凄いなと思った。

 もう一つ印象的だった対照的な場面を挙げたい。それは、私が内省的と形容したように新海氏が「自分は自信がない」と繰り返し説明するのに対し、川田氏は「僕は実は既に自信があるんですよね(笑)」と言っていたことだ(笑)。本当、説明が難しい笑いが結構大きい音で私の口からこぼれていた。そして、その自信の理由を考えてみて、川田氏はその生業同様、構造や仕組み自体から作るのを前提としているから、そういう性根だから、自信があるんだろうなと思った。そして、笑っているだけじゃなくて、すぐにずしりと重い感情が隕石のように戻ってきた。つまり、繰り返し川田氏が言っている「未来は素晴らしい」という言葉をまた思い出していた。それを忘れてはいけないのだと思った。川田氏の笑いや軽さというのは、そういう思いを地球に占める海の割合のように含んだものだと思う。

 いったんの最後として、この中央大学という名称や場所についても思いを挙げておきたい。私は、この八王子という、中央に区分される都心やその近郊も含めた都内から眺めれば遠く離れているともいえる場所に中央大学があることもまた心地良く思った。それは精神というか意識の立ち位置として、どこにあろうが中央だと言われている気がしたからだ。勝手にそう思ったからだ。この中央というのもまた、私が何度も挙げた「バラバラ」と同じ意味合いを持っていると思う。最高の空間を手に入れた。自分の時間を続けて、またどこかの空間でバラバラになりたいと思う。

永代通り

 名前からして真っ直ぐな感じがする永代通りを、最近よく歩いていて、もう一月以上になる。たまたま何気なしに1駅分歩いてみようと、いつもの改札への階段を降りずに、地下鉄と平行になって続いているこの通りを歩き始めたところ、思いの外気持ちの良い時間が流れたのがきっかけだった。その日は、気付けば5駅分歩いていた。

 なるほど、それ程の気持ちの良さはどこから来るのか?と考えてみて、それは普段なかなか動かしていない身体を動かすことからだけではなく、視覚情報からもやって来ているのではないかと思った。というのも、エンドルフィンだとか、何かホルモン分泌のみを理由にしたくなかったからだ。もっと、自分の意思で、気持ち良さを選んでいるという実感が欲しかった。

 そこで、ホルモン分泌だけでないことを実証しようと、過去の記憶の中からではあるが、他の通りを同じ位歩いた場合と比べてみることにした。

 全く同程度の距離という比較事例はなかなかないのだが、幸い、青梅街道の荻窪-中野坂上といったものや、環八通り荻窪高井戸といったものならあった。いずれも、永代通りのそれと比べると、気持ち良さの面では劣っていると感じる。土地柄を否定するものでは決してないし、むしろ永代通りよりも身近な地域で好感も持っているにも関わらずだ。

 永代通りは、私にとって未だ新鮮だからかもしれないが、先に挙げたとおり連日歩いて一月以上となる。それでも一向にこの気持ち良さは減っていかない。それに対し、より身近な青梅街道や環八通りには、どこか閉塞感を覚えていることに思い当たる。それは言ってみれば、延々と変わらない状況が続いていて、進捗感に乏しいような類のものだ。そして反射的に、永代通りにも同類の閉塞感はあるのでは?と自問したが、即座に俄然進捗感があると自答することになった。

 では、この進捗感とは何に起因するのか?それは、歩きながらあちこちを見渡したり、身体を通して知覚する(観ている)情報はもとより、歩くや眺めるや考えるといった行為の豊富さ、言ってみれば、ながら歩き感ではないか。自分の意思で選んだ気持ち良さがあるとしたら、歩くために歩くだけではない、このながら歩き感が該当しているのではないのかと思った。決してだらだら歩くのではないが、あちこちを眺めてもいるという。あるいは、あちこちを眺めることを目的としているのではないが、確実に進みながらも、あちこちを眺めているという。この度合いが、私にとっては、青梅街道や環八通りよりも永代通りの場合、圧倒的に多いのではないかと思った。

 そんな永代通りの光景で、興味深いものがある。それは、永代橋までのどこか地方都市が連続して出現しているような賑やかさと、永代橋を渡った後、一気に加速する東京っぽさのコントラスト、あるいは断層といった決して緩やかなグラデーションとはいえない繋がりだ。この、似たような光景の連続から、一気に大都市が出現するという一連の流れ自体が、地方っぽいなとも思う。もっとも、全ての地域は一地方だと、政治的、経済的中心を抜きに、単なる土地として眺めてみれば、言えるのだが。

 こうした、実家というか、これまで経験した東京以外の地方での時間を呼び覚ましもするような時間もまた、永代通りを歩くことの気持ち良さに繋がっているのかもしれない。あるいは、話は大きく広がるが、生物の進化のように、都市の進化の過程を、わずか1時間程度とはいえ、体感出来ていて、そのこともまた理由になっているのかもしれない。いずれにしても、真っ直ぐでありながら、あちこちに目や身体や思いを巡らせられる、複数の異なる目的が流れている時間が、私が歩く永代通りにはあるということだと思う。淡々としながら濃密でもある時間というのが、矛盾しているようで、なかなかいいなと思った。

 時間といえば、ここで思い当たる事が、また別にある。それは、時間を可視化しているもので最も身近な時計に関する光景だ。それは、アナログでもデジタルでも、以前から何気にやっていた一人遊びで、自分がふと時計を見た瞬間、秒針(秒表示)が変わるのか、あるいはその逆に、今変わったばかりなのか(それゆえ、前者と比べると、次の秒を示すまでの時間を若干長く体感出来る)を時計を眺める直前に選んで当てるというものだ。

 前者の場合と後者の場合では、当然次の秒を示すまでに流れる時間が異なるのだが、その違いが心地良くもあった。前者の場合は、阿吽の呼吸というか、何か時間と会話したかのような気分になったし、後者の場合は、時間を止めたかのような、サーフィンのように時間という波に乗ったかのような気分になった。これも、淡々としながら、濃密でもある時間を示しているように思った。

 DCよりはACというか、単線よりは複線というか、ともあれ、ながらを求めているのが私ということだろうか。

 さて、同じ永代通りで起こったことではあるが、とある仕事関係で、私はビジネスバッグに収まらない位長い定規を使用していたことがある。今にして思えば、永代通りをコンパクトにしたかのような長さだとも形容出来る。さて、その仕事も終了となり、バッグからはみ出た定規を持ち帰ろうとしている時、とある同僚が笑いながら「はみ出ている」ことを指摘してきた。確かに、不恰好といえば不恰好だが、てんで気にもしていなかったので、私には、それをいちいち指摘してくるという彼の資質が気になった。そして、とっさに「杓子定規だね」とか「お互い、腹が出ることの方を気にしたいね」とでもいえば良かったのが、そこまでの余裕は持ち合わせないまま、彼の方が、形骸化して固定化した尺度という定規なら、はみ出ているのではないか、それにも関わらず、はみ出さないことに重きを置いているのではないかと思った。

 はみ出さないことが目的となると、とたんに閉塞感が漂うと思う。真っ直ぐなだけではつまらない。真っ直ぐな定規だろうが、曲がった場所も計測出来る巻尺であろうが、既存の尺度でのみ計るのなら、つまらない。でも、それがながら歩きを可能にするということなら、真っ直ぐな定規も巻尺も必要だ。計り、計られ、ばかりではなく、計りを新たに作り出すとしても、計らないことで計り合うこと、計り合うことで分かり合うこと、分かり合うことで計り合うこともあって良いのではと思った。気持ち良さに至るものとして、ホルモンのような生得的なものばかりではない、それ以外のものを一つでも増やしていけば、見えない永代通りなるものもまた伸長するのではないかと思った。

 

追記:

 (1)かつて発表された素敵な楽曲に「表参道」というものがあるが、記事のタイトルを当初何気なく通り名だけにしようかと考えて、すぐにこの楽曲を思い出し、「永代通り」こそ相応しいと、晴れて確定となった。ながら歩きに似て、色々意図したいことや、課題や、あるいは気付いてもいないことも含みながら、通り名だけでも成立していると思ったからだ。

 

 (2)眺める位相にはよるのだろうが、例えば創作といわれる分野でも、長文より短文のものが生み出されているように映る。これを推し進めれば、長文が書かれにくい時代というようにも、仮定出来るのだが、ともかく、ここで話を終わりにすると、まるで長文の方が短文よりも偉いかのようなニュアンスが生じているだろう。

 私はここで、短文が多く書かれるのは、これまた、ながら歩きに似ているのではないかと付け加えたい。宛ら、みんなで通りの拡張工事をしているような気がしてくる。

 

2015年夏「舞台三部作」

 何々三部作というと、何かまとまりが良い感じがするのは、何々三兄弟というのと似ている。この8月、9月という割と短い夏の期間に、いずれも夏のようにこれからも迎え続けていたい、真新しい舞台を三つ鑑賞することが出来た。
 いずれも、説明をして意味を探ろうとするのは野暮な、ただし同質であることは間違いないという点で、私にとっては、それぞれが独立していて直接的な三部作ではなかろうが、まさしく舞台三部作といえるものだった。

【2015年夏「舞台三部作」とごく端的な心情吐露と自己顕示欲】

  1. PATTERN-2
    2015年8月2日(←世間ではいちごパンツの日でもあったんですね。さっき知りました)
    「将来の王道という点ではもはやクラシックともいえる新しい舞台形式の創始者だと思った。ただし、初回を体験しての本作がそうであるように、予想が追いつかない次回が今から待ち遠しい」

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    ▲おかげで今でもハトのフンに気を付けて過ごすことが出来ています。

  2. 明日のアー
    2015年9月18日(←1971年のこの日、あのカップヌードルが登場したんですね!さっき知って良かったです)
    「関係者の多くは某WEBメディアでも活躍するライターだということは何となく知っていたが、誰が誰で、誰がどんな特徴を持っているか殆ど知らないで鑑賞。上品でも下町っぽくて、下品でも山の手っぽくて良かった」

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    ▲新しい様式のみならず判型も同形であると、嬉しくなりますよね。

  3. ホロッコレクション#1「きみといつまでも」
    2015年9月21日つまり今日(←うおー、ボニーピンクが結婚を発表しているじゃありませんか!?さっき知って、ドイツ語の格変化よりは複雑な気持ちです)
    「人情の範囲の広さを忘れていたことに気付かされた。秋の空が高いなどと心奪われている場合ではなかった」

    f:id:doggymanK:20150921220537j:plain▲直前に知ったので、このチラシは手に入れられませんでした。

    f:id:doggymanK:20150921220602j:plain
    ▲こういうことがないと円山町とは縁がなさそうです。

    f:id:doggymanK:20150921220658j:plain▲暗がりで明るい気持ちで記載した為、多少字が躍っています。

    f:id:doggymanK:20150921211855j:plain▲映像もすごく良かったです。


 さて、では何が同質であるというのか?それははっきりとしておいてもいいだろう。

 まず分かったのは、まだ名前を付けられていない笑いを体現していたということだ。タイトルの一つを借りるなら、そこには新しいpattern(様式)があったと思う。二者間や異なる集団間において、会話や態度といったコール&レスポンスにズレが生じるのがコントの面白さだとしても、そのズレが出尽くしたわけではなく、かといって、コントの数だけ新しい種類のズレがあるわけではないのだと思った。
 なお、この二者には、何も舞台や観客の中にいる人ばかりではなく、多くの人が殆どメディアの中でしか触れていない存在、「矢沢(「Pattern」にて、その初回に続き登場)」や、人ではないが「磯丸水産(明日のアーにて登場)」や、「ローマ法王(きみといつまでもにて登場)」等も含まれていて、それらは皆ある程度観客の中に既に認知された物語を持っているから、使い方によっては、初めて観る舞台の物語とそれらの既存の物語が接することでのズレが計測出来ない程のものとなる。制作や製作側にいる作家の多くにとってはきっと、こうしたメディアの中の存在を持ち込むことは勇気はもとより、大変技術を要することではないか。いずれにせよ、三作いずれも飄々とした感じでそれらを扱っていたことは目撃出来た。

 そして、笑いとは喜怒哀楽の喜や楽、さらには怒や哀よりも一段上のレイヤーにある感情で、それは相当強い生命力を持っているということを示していたという点でも同質だった。加法混色が白に、減法混色が黒に行き着くなら、三作によって生まれた感情は笑に行き着いた。水及び笑の星にいることが分かって良かった。

 追記:
 ▼いわば、大学は出たけれど30歳を過ぎたら本は読むな、書けと言われたけれど・・・この三部作がきっかけで入手、読了した2冊。

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「はい。」から白紙

少し前から気付いているのに、「はい。」とだけ返事をされて心地良く思わないことがある。日本語の「はい。」もその字面だけを眺めれば英語のYESと同様に、愛だとか善だとかさえ感じさせる、ずばり「肯定」の記号として映るが、実際に相手の口から放たれる「はい。」には「いいえ。」ではないにしろ、「肯定」を感じないことが多い。「はい。」の先に本当は続きがあるはずなのに、白紙のまま渡されたような印象を覚えている。英語の" Yes, I do" や" Yes, I am" 同様に「はい、〇〇〇」と〇に該当する続きを求めていることに気付く。
 
ところで私は全ての相手に「はい。」に代わる「はい、〇〇〇」を求めているのか?となるとそういうわけでもない。コンビニのレジや、少しなじみになり掛けている飲食店の店員の方といった、まだそれ程気心が知れていない相手に「はい、〇〇〇」を求めていて、家族や友人や仲の良い同僚、はたまたなじみのクライアントには「はい。」の続きや、時には「はい。」さえも求めていないことがある。ただ、ここにも例外があって、気心がそれ程知れていない相手だらけの海外にいる時、往々にしてコンビニのレジや飲食店の対応は「はい。」ですらない冷たさを感じやすいのだが、それはそれで気にならない自分がいたりする。

要は私は何を求めているのか?" SAY YES" という歌のうさんくささを今更ここで取り上げるまでもなく、私は相手にYESと必ず言って欲しいわけではないのだと思う。ただ、相手の気持ちにとってのYESは必ず示してほしいのだと思う。私に対して謙ったり感謝したりする気持ちが無いのであれば、もっとNOを感じさせる言動の方が、態度としてはYESなのではないかと、同じ日本の中にいる相手には求めている。結局、私はYESを求めている。だがどうやら私は質問者、それもフリーアンサーばかりを求める質問者の立場でいることが多かったようだ。この点ではわがままだった。もっと否定されてもいい。

態度としてのYESなら口からではなく体全体で示すことが出来る。それが否定のNOだとしてもあれは相手にとってのYESだったのだと、後から思えることが増えて欲しい。そうすれば択一の回答に混ざってフリーアンサーも互いに求め合うようになるのかもしれない。母国語が一緒な者同士ならせめて多少今よりもぶつかり合っても良いのではないか。質問に質問で返すといった滑稽な場面はメールばかりでなくたっていいはずだ。そして、いずれは海外でも同じように「YES, I do」に続きを求めるようになれば、というのでは世間が狭すぎるだろうか?
 

2015年。始まると始めると並ぶ。

冬は嫌いなはずだが元旦なら好きなのかもしれないことには、だいぶ以前から気が付いている。なぜ?と考えて、すぐに思い当たることの一つに、多くのお店が閉まっていることがある。なるほど、暦の上ではさあ始まるぞかもしれないが、いったん活動を止めてみるという姿勢に、より始まるや始めるを内包している状態を見ているのかもしれない。これが大晦日だとさあ休むぞとか言いながら、身体や気持ちはむしろ激しく動いている空気に満ち溢れていて好きじゃないので、やっぱり始まるや始めるの前の凪のような状態が好きなのだろう。言うなれば、前向きでさえ私には饒舌で、そこに至るほんの手前の思いが満ちている状態が好きなのだろう。時間という数量的には1日だけど思いだとか気持ちという単位では1未満にも思えるような1日が好きなのだろう。

凪といえば、右クリックですぐにGoogle検索→Wikipediaの記事に着地という行動パターンは相変わらず昨年のままだ。そのまま記事「凪」を眺めるとむしろ心がざわつき始めた。ご覧の通り、あまりにも短い記事だからだ。いわばこれだって私の中では1未満ということだと、WEBページを含む各テキストにも元旦があるのではないかと思った。1文字でも句点が付いていても、それは何かに並んだ文字列、行列であり、これからも後続のものに並ばれる存在だ。なるほど、きっちり1単位で並ぶことばかりじゃ不自然だしつまらないので、そう思わせる空気を好きになれるわけがない。あるいは、1同士より1未満 (や、それがあるというのなら1以上)と1が接した方が強度は高いのではないかと思う。低いものを加えた方が全体としては強いというのは何だか信じられる。

ところで私は、先に「始まる」と「始める」の両方を並列的に記述している。再びなぜ?と考えて、やっぱりここでも新年早々偉人の、橘川幸夫氏の言葉が答えを導き始める。いや、始まるでもある。その答えはここでは書かない。こういう風に記述すれば、始まるし、始めるとも思うからだ。

さて、元旦といえばお正月、お正月といえば歌留多が当たり前な時代があった。この歌留多も考えてみれば、物としても並んでいるばかりではなく正しいものが並ぶことでゲームが成立するものだ。この頃はすっかり歌留多をやらなくなったばかりか見かけなくもなった。何かに似ているなと思ったら、これは別にお正月に限ったことではないが、しりとりがあった。こちらは物がない分、よりソフト的というか何だかITっぽいなとも思う。ともかく、続けることにしよう。そう、続けるということがこのゲームの上がり方なのだと咄嗟に思う。すぐに、生き続けることが上がることだと言い換えたくなってくるが続けよう。上がるということがゲームの終了のみを意味するのであれば、撥音「ん」がその鍵を握っているのはご存じの通りだが、私は「ん」を口にした人や耳にした人の気持ちの上では、ゲームはまだ終了していないと考えてきた。というのは私はたまたま数年前、何とはなしに語感につられたのだろう、「デーモーーーーーーンッ!」と友人のあだ名を叫んだ際、はっと気が付いたことがあったからだ。その後にも「そばーーーっ!と叫ぶより、うどーーーんっ!と叫ぶ方が怒っているように見える」とtweetをしていたりもするのだが、「ん」は往々にして気持ちの上では促音「っ」が「並んでいる」ことも多く、それは一種の興奮状態であり、とても終わりを認めるような状態ではないはずだと瞬時に思ったのだ。

ここで対照的に、日本語英語化した名詞で末尾がNで終わるものの方が、よほど日本語の「ん」より、ゲームの終了を認めているのではないかと思う。つまり、コミュニケーション(communication)やナビゲーション(navigation)といったそれらは、communicativeやnavigateに比べて、カタカナ表記のものをそのままの意味として受け入れている、分かった気になっているのではないか。意味に対する思考停止の度合が強いという点で、上がっているように思えたのだ。

この辺で再び元旦に戻ろう。元旦でも休まないものに自販機がある。ここに「始まる」や「始める」をどのように見出すのかはさておき、昨年末に続きこの元旦も「『冷え知らず』さんの生姜チキンスープ」等を飲んだ。この自販機というのは面白いもので、証明するのもさておきだが、誰かが買おうとしていたり買っていたりすると、その後にまるで磁石に引き寄せられる鉄のように、誰かが近付いて並ぼうとするようにも映る。数年前からそのような光景を見てきた気がする。「並ぶ」は、「始まる」と「始める」に比べると視覚的には区別が付かないが、単複同形のように「並ぶ」と「並ぶ」の違いがあるのだと思う。

続いて飲み干した缶を捨て住宅街に入る。同じく飲み干したものだが捨てられずに残っているものが並んでいる。水の入った猫除けのペットボトル達だ。これらの方が野良猫っぽくもあるが、ご存じの方も多い通り、猫には効果が無いらしい。彼らが平気でその先にある玄関へと歩いている様はいつ見てもおかしい。並べている本人もきっと効果がないと分かっている場合も多いはずなのにそれでも並んでいるのを見ると、並べているつもりが並んでいるのなら何に対して並ぶのかを考えてみようかと思い始める。そして自動詞と他動詞の相撲を勝手に始めそうになる。

こんなことを考えるにつけ、何らかのかたちで常に並び続けているこの世界は狭くないものだなと思う。ついでにいえば、猫の額も狭いものではない。私の好きな縞模様の猫の額には大体アルファベットのMが書かれているが、ごくたまにWを見かけることもある。そして、こうしている間にもMayがWillに変わったり、WillがMayに変わったりする世界にあらゆるものが並ぶ。

長い今「井上陽水 氷の世界ツアー2014」初日開催後

 空虚なのか、その逆に吹雪が吹いているのかといった矛盾した精神状態でホールに入ると、私のヒーローだったカーリーヘアの陽水氏の画像がステージのスクリーンに次々と表示され、Good Good Byeを始めとした数曲の一部分が繋がって流れていた。そのまま待つこと10分足らず、すんなりと彼が登場、レノンの「Love」、「感謝知らずの女」、「水瓶座の夜」が立て続けに披露された。(ああ、アルバム氷の世界の曲だけでなく、他のアルバムの曲も氷の世界に収斂させようとしているのだな。)なんて考えていたら、彼がいつもの彼特有のユーモアあふれるあいさつと共に、切り出した。なんとアルバムを曲順に演るらしい。

「本日は桜舞い散る中、あ、桜が咲いて散る時期なんですよね(笑)、お越し下さりありがとうございます。桜といえば、ネガティブといえば話が長くなりますが、 私はどうしても、せつなさだとかはかなさを思います。今日は「氷の世界」というアルバムが発売されてから40年ということで、アルバムの曲順にやってみようと思います。このアルバムを聴いていた頃、皆さんは大学生だったり、高校生だったり、中学生だったり、お母さんが聴いていたので知ったり。色々だと思いますが、今聴くと私も皆さんもどう感じるのか。今日の基調ははかなさです(笑)。」

「あかずの踏切り」、「はじまり」、「帰れない二人」がアルバムの通り、メドレーで披露され、「チエちゃん」、「氷の世界」が続く。あまりに淡々としている。でももちろん、悪いわけがない。そして、ここからは、トークがほぼ曲ごとに混ざり始めた。

「昔のコンサートというのは、歌だけでなくて、こうして椅子に座って、トークをしていたんですね。昔はそういう時代だったんです(笑)。松戸は久しぶりに来ましたが、交通の便がいいとはいえない場所ですね(笑)。」

そして、座ったまま「白い一日」の弾き語りが披露された。詞の通り、はかなさでいっぱいの空間を含んだまま「今日も一日が過ぎていく」。

「聴いている人も色々なことを思い出すと思います。当時、どんな恋をしていたのかとか、そしてどうなったのかとか。これは大事です(笑)。そういう(恋の)歌もいっぱい作っていますけど、今から歌うのはあまり恋とは関係ない歌です(笑)。」

冒頭の「めくらの」は「見えない」に置換され「自己嫌悪」が始まった。これは、この日、かなり彼がカーリーヘアの頃のままに思えた瞬間だった。

「こういう歌は、多くの人が好意を持つようなものではないですが(笑)、恋の歌じゃない歌を作りたかったんだと思います。まあ、でも歌謡ですから、次に歌う歌のように、これは恋の歌だぞっていうのもちゃんと作っています(笑)。」

「心もよう」が披露される。それでもやっぱり、正確には恋の歌じゃないと思った。怒涛のような、生と死だ。トークはなく、そのまま「待ちぼうけ」が続く。忌野清志郎氏との共作だから達することが出来た領域を感じる、本当にモダンな曲だ。僕こそいつも陽水氏を待っている。

「会場が落ちるような拍手をどうもありがとうございます(笑)。最近は、ステージに立つのも、皆さんが来るのも命がけですが(笑)、コンサートツアー初日ということで、歌う喜びを感じています。それで、レコーディングでは歌ったけれど、お客さんの前ではおそらく初めてという曲なんかもありました。(会場中、大きな拍手)私のバージニティを奪い取られます(笑)。」

なんと今回が初めてらしい「桜三月散歩道」ではあの曲中の台詞もそのままに披露された。なぜ、この松戸からかが、この曲を聴くとより必然性を持って理解出来る気がした。駅から会場に向かうルートのひとつには、桜並木が並ぶ長い通りがあったのだ。開演前、その通りを通りながら「死んだら、こういう感じだといいね。鬼が立っていたりすると本当に嫌だね。」と友達に言っていた。「今は君だけ、見つめて歩こう」、彼は一人一人に語りかけてくれていると思った。会場から「FUN演ってー!」と声援が飛ぶと、トークなしで「FUN」、「小春おばさん」、「おやすみ」が始まった。

一人一人が集まってのミリオンセラーだったのだ。もう一度一人一人として集まる為に、彼はこのコンパクトな会場を選んだのだと思った。帰りに友達は「こんな不便で、歩道もなく車が脇を通る道を通っていると、小学生の通学路を思い出す。」と言っていた。駅から20分の不便な環境を選んだのも、小学生の頃や昔を今として一人一人が思い出す為の仕掛けだったのだと思った。

アルバム最後の「おやすみ」の後、再び彼らしいユーモアを交え、「リバーサイドホテル」が始まった。

「みなさん、今日は本当にどうもありがとうございます。浮世とか社会的通念だとか、生きていると大変なのですが、本当はこれで終わらせたいかもしれませんが、もうちょっとお付き合い下さい。ああそうかい、あいつもなかなか頑張ってるじゃないかと思ってもらえれば(笑)。」

「リバーサイドホテル」は登場する名詞こそ異なれど、「氷の世界」を歌っているのだと思った。さらに言えば、いずれの曲もユーモアも「生きているのは大変だけどあっという間」ということを繰り返し伝えているのだと思った。そんな生が、彼の詞に頻出する「夜」ならば死は昼なのかもしれない。ややこしいが、夜は不安だったり落ち着いたりする、不安定さにおいて安定さを保っている。それならば、とにかく元気で愛し愛されていこう。楽しんじゃえ。「ジェニーMy Love」が始まった。彼の後ろにあるスクリーンを流れるドット柄等の模様の集まりが、彼の曲同様、同じものも様々なかたちや動きとして存在しながら、同じ方向に動いていることを示しているように見えた。かつてのヒットを集めた同窓会的なものではなく、あくまで今だった。

「楽しい時間が永遠に続くのが望ましいんですけど、松戸に一堂に集まって結構なことだと思うんですけど、さっきも言ったように、浮世とか社会とか出てきたような、時間が迫っていることを僕のアンテナが感じておりまして(笑)。」

おかしいけど、全然不思議じゃないけど、まるで小沢健二氏の「さよならなんて云えないよ」、「僕らは旅に出る理由」だ。「愛されてばかりいると」が始まるとなおさら「愛し愛されて生きるのさ」を思わずにいられなかった。過去から未来へのアンサーソングだと思った。「もっと真夜中になれば」と歌われる「クレージーラブ」が続く。否定も肯定もあることに否定も肯定もない。続く「長い坂の絵のフレーム」も、そうした中立性を「はかなさ」で生き物に変えたような曲だと思った。アンコールの声と共に鳴りやまない拍手。

ここで初めてステージが昼のように明るくなった。この明るさもまた「死」を表しているのかのようにも思えた。アンコールのはじまりは「Happy Birthday」だった。そして、そのまま「夢の中へ」、「少年時代」、「いっそセレナーデ」が続いた。本当に、基調はいつも通り、「はかなさ」だった。

「ありがとうございます。みなさんに幸せを」。

長い今が続いている。

 

長い今「井上陽水 氷の世界ツアー2014」初日開催前

4月6日だというのに、冬のような、雹が降ったらしい今日、松戸に向かいながらこれを書いてみる。
唐突あるいは今更か、昔から、もしくは若い頃は特に、近い過去に関心を覚えていた。具体的に西暦何年から何年までという区分は設けられていないのだが、最も古いのは昭和初期からという感覚がある。
何故?と考えると、外観やブランドといったディテールは異なれど、今と同じ製品、サービス、政治、法律、思想の端緒が、既に生活の中に姿を表しており、私自身との繋がりが実感出来るからだと考えている。昔と思えない。自分が生まれていてもおかしくない気もする、それが私にとっての近い過去だ。
もっとも今に繋がっていない過去はないはずだが、これが縄文時代はおろか、幕末にも、あまり関心は向かわなかった(最近は双曲線のように、古代に関心をやや覚えるようになった気がしており、事情が異なってはきた)。入試(これもまた今だ)の「歴史」で一番ウェイトが低かった昭和について、熱心に勉強していたのも元々こういう志向性があったからだろう。
 
今日から井上陽水氏は、松戸を皮切りに全国20数カ所に及ぶ、1974年に発表されたアルバム「氷の世界」を中心に据えた、その名もずばり「井上陽水 氷の世界ツアー2014」を始めるという。ひと月前にはローリングストーンズを観たから「無情の世界」に続いて「氷の世界」か、天気までぴったりだな、などといった軽口が出てくるが、本当は逃れられない問いが浮かんでいる。何故、今、始めるのか?そして、どうなるのか?
分からない。いや、分かっている。つまり、分かりたい。もちろん、彼自身がラジオで発言していたように「40周年(という感謝)」、「時間が経つことで、自分自身もファンも作品をどう感じるか(という実験)」といったことは、十分理解出来る理由だ。それもこれも「氷の世界」という今がずっと続いているからだろう。
 
1980年代半ば、いとこの膨大なレコードコレクションの中に、彼の作品群があった。気付けば、ファーストの「断絶」から発表順に、まさに新譜として体験を重ねていた。没頭していた。それは、1950年代や60年代に生まれた彼のファンのそれと極めて似た行為だったはずだ。透明の下敷に彼の写真を入れたり、昼の校内放送向けに「断絶」をカセットテープで渡し、掛けるように直談判したりした。あの頃も、今なのだとしたら、これから始まるコンサートでは今がどう変化するのか、さていよいよ寒さが到来するのか何がどうなるのか、いずれについても体感しやすい当事者となる時間がやって来た(続く)。