Kを発音したくなったり、ならなかったりする。

knowの中には今が、knightの中には夜が含まれています。そんなことより、私が好きな人はローマ字にした際Kで始まる人が多いんです(あるいは多いknです?)。そうそう、傘もKでした。" Kといえばカフカの「城」の主人公が・・・" と口にしがちだった多感な頃よりは私も大人になった、あるいは自由になったと思いたい一心で開設しています。同じことしか書けないなら同じことを増やそうと思います。

割れたグラス

 今朝、いつもより早起きをして透明のグラスを洗っていたら、手から滑ってシンクの蛇口にコツンと当たり、コツンという位だからそれ程の衝撃には思えなかったが、粉々という形容が相応しい位粉々に割れてしまった。秘孔という言葉を何十年ぶりかに思い出したが、普段滅多なことでは組み合わさらない条件が組み合わさったように思えた。片付けの面倒さもあるが、「何でここまで粉々に」と嫌な気持ちになった。でも、ずっと他人のせいにばかりすることはできずに、程なく、先祖が怒っているのかと思った。
 いずれにしても、原因は多々あれ、事実は「割れた」という一つだ。こう書くと、原因と結果(この場合、この「事実」)という構図で捉えてしまいがちだが、事実の周囲に様々な観察結果が紐付いているのだと考えることにした。原因はその一つに過ぎないと。公平というのとは違うし、フラットにというのでは何だか軽薄に思えもするが、一つの出来事があるとして、その周囲に、昔の黒電話機のように円環状に、異なる観察結果を並べるイメージが湧いた。そのイメージが多いと、理性的な判断という処理には苦労しそうだが、理屈を超えたところの感情での処理は上手く進みそうな気がした。
 だからか、これを書き始める前から、「そうとう難しい条件を突破して、よく割れてくれた。でも今までありがとう」のような、嫌に思うのとは対照的な感受の仕方もあるだろうな、と考えていたことを思い出した。
 でも、と思う。何だって、紐付けることはできるじゃないか?と。円環が色相環のように完璧に出揃ったとしても、その成立は難しくないと想像できた。この状態を割ることこそ、必要だと、また逃げ始めている。